交通や情報のインフラが整備された昨今,政治・経済・文化など様々な側面で,従来の国家や地域の垣根を越え,地球規模で資本や情報のやり取りがなされています。こうしたグローバル化の進展は,急激な経済成長と,物質的に豊かな生活とをもたらしました。しかし一方で,地域固有の文化の破壊や信仰を巡る対立など,新たな緊張や争いも生んでいます。
文化財をめぐる現場も同様です。資本の流入によって手厚く保護される場合もありますが,開発に伴う遺跡や歴史的建造物の損壊,地域コミュニティの衰退に伴う伝統文化の消滅,宗教的対立におけるデモンストレーションとしての文化財破壊などを招くこともしばしばあります。
こうした,世界各地において変化を余儀なくされている有形・無形の文化遺産について研究し,保護・活用を推進するのが,私たちの考える「文化資源マネジメント」です。文化遺産を,新たな価値を創造する「文化資源」ととらえなおし,その価値を調査で明らかにし,様態を記録・保存・修復し,継承を図りながら,未来に向けた活用の方策を探る取り組みです。
「文化資源マネジメント」の実際
文化資源マネジメントに必要な活動は,大きく分けて4つあります。文化遺産の資源としての価値を調査し明らかにするための学術研究,文化資源を次世代に引き継ぐための記録・保存・修復の技術開発,文化資源の活用を実践するための地域連携,そして,文化資源マネジメントを担う人材の育成です。このうち学術調査は,考古学,美術史,建築史,文化人類学,言語学など,多様な学問分野の研究手法を用い,文化資源が持つ価値を多角的に明らかにすることを目的としています。
記録・保存・修復の技術開発は,文化資源の持つ歴史的・文化的価値のみならず,民族的価値や宗教的価値にも十分に配慮した手法の確立を目指すものです。また,地域連携は,文化資源が所在する地域のひとびとが,文化資源を自らの資源,資産と認識し,自身の手で守り活かすのを助けるための取り組みです。
そして人材育成は,専門的な立場から学術研究に従事するばかりでなく,記録・保存・修復の技術開発や,文化資源の活用を促進するための地域連携などにも積極的に携わる人材,すなわち,文化資源マネージャーを育成することが目的です。
以上4つの活動は,これまで金沢大学人間社会研究域附属国際文化資源学研究センターが中心となって進め,少なからぬ実績を蓄積してきました。国内外に数多くの連携・協力研究機関を有し,企業との共同研究も複数進めています。本プロジェクトは,これらの取り組みをさらに展開強化し,金沢大学に「文化資源マネジメント」の世界的研究・教育拠点を築き上げることを目指しています。
「文化資源マネジメント」の世界的研究・教育拠点形成に向けて
具体的には,まず学術研究について,現在,国内最高水準の研究を進めている西アジア考古学をさらに先鋭化する計画です。西アジアの遊牧社会成立過程に着目して進めている先端的研究の人的支援体制等を充実し,世界トップレベルの研究水準となるようサポートします。
また,記録・保存・修復の技術開発については,これまでわれわれのグループに欠けていた文化財科学の専門家を配置します。分析化学・地球同位体化学・年代学等のバックグラウンドを有する研究者が,本プロジェクトの考古学・建築史・美術史・博物館学等の研究者と協働することで,文化資源マネジメントの技術面を高度化します。
地域連携に関しては,世界遺産マネジメント手法の確立を目指し,国立民族学博物館および東京文化財研究所と連携して取り組みを実施します。2011年より中米グアテマラの世界複合遺産ティカルをフィールドに,地域住民と共同で行ってきた,文化資源を生かす地域開発・住民支援事業の実績とノウハウを,ヨルダン,トルコ,アルメニア,インド,ベトナム等,世界各国の世界遺産マネジメントへと応用する計画です。これまで場当たり的に行われてきたきらいのあるマネジメントを体系化し,より汎用性が高い手法を確立します。
また人材育成については,文化資源学分野の若手研究者を海外に派遣する「文化資源BC(Brain Circulation)プログラム」を実施し,若手研究者のキャリア形成と文化資源学の国際ネットワーク構築を目指します。さらに,本プロジェクトの研究成果を速やかに発信し,国際的な研究交流を促すために,オープンアクセスの英文オンライン・ジャーナルを発刊する計画です。