繰り返す金融危機――われわれ人類は、その金融危機を超越することができるのか?これは17世紀に生じたオランダのチューリップバブルから21世紀のリーマンショック、そして現下のCOVID-19危機まで約400年にわたり、人類に突き付けられた課題である。1929年の世界大恐慌、2008年のリーマンショックを始めとするブーム&バーストの経済的な循環は、われわれの生活に打撃を与え、20世紀初頭のスペイン風邪、そして21世紀のCOVID-19は想像を絶する影響を世界各国に与えている。現代は世界がつながっており、一国内では収まらない。金融緩和によるマイナス金利の政策は、例えば住宅ローンの低金利の環境を私たちの生活にもたらす。つまり、グローバルな変動は、われわれの生活に直結しているのである。本研究は、変動極まりない経済の循環を、その心臓部である金融に絞り、時間と空間を超えた分析を通して、果たしてわれわれが今後、国際的な金融危機に歯止めをかけられるのか否かを検証する。
研究代表者は国際金融論を専門分野として、これまで金融危機の現状分析だけでなく、現地でしか手に入らない内部史料を検証することで、金融危機の防止には金融規制、中でも銀行規制が不可欠であることを発表してきた。金融危機の防止策は、危機が生じた後に速やかに対処するex-post方式(事後的な対策を行うアプローチ)と、危機が生じる前に措置を取るex-ante方式(事前に対応するアプローチ)に二分される。これまで金融危機については、米国、日本を始めとする主要国がex-postを採用してきたが、リーマンショック後、EUがex-ante方式に急速に舵を切った。また、EU離脱を正式に決定した英国もこのex-ante方式を取り入れている。このため、銀行監督の国際的な調和を図る重要な国際組織であるバーゼル銀行監督委員会(BCBS)と金融安定理事会(FSB)がex-anteアプローチを採用し、事前に効果的な金融規制を行うことを着実に進めている。したがって、国際社会はいかに事前に防止するかを政策の眼目に置き、夥しい政策をあらかじめ準備することに迫られている。
従来、アメリカ合衆国タイプの経済政策にばかり前提を置きすぎた日本の政策の方向性を鑑みるに、今後日本が独自の金融規制を形成し、前述のBCBSやFSBなどの国際組織で国際銀行規制を形作るために主体的に参画する意味で、本研究は国際金融研究の発展に資する。分析については、これまで代表者がネットワークを構築してきた、イギリス、フランス、ドイツ、スイスの大学研究者及び銀行規制当局者との学術交流を生かして行う。さらに、英中央銀行であるイングランド銀行(Bank of England)、仏中央銀行のフランス銀行(Banque de France)、国際組織でスイスに拠点を置く国際決済銀行(Bank for International Settlements)のアーカイブ(現地史料)を開拓し、最新の金融規制分析と、岩盤にある歴史文書を組み合わせて研究するという手法を採る。これまで、歴史分析と現状分析は学界において完全に分断されてきた。今の視点から歴史を紐解き、そして歴史から学び、今に生かす。現地に行かないと入手できない史料を使って研究することが本研究の強みである。歴史と現状を融合させた銀行規制研究はこれまでに存在せず、本研究は従来の研究手法に変革をもたらすものと考えられる。