クジラ類は地球史上最大の動物であり,また,回遊や浅海-深海移動を行いつつ多量の餌摂食と排泄を行うことから生態系における物質循環に多大な影響をもたらしている.生存時のみではない.クジラの死後,その巨体は有機物塊として海底に落下し,分解されていく.巨大有機物塊は他の生物の餌であるとともに,局所的還元や環境泥底における固着基盤を創成し,独特の生態系(鯨骨生物群集)を構築するが,その実態はほとんどわかっていない.それを解明するのが本プロジェクトである.
本研究は,鯨骨を天然海底環境に設置し,3年に渡り鯨遺骸の分解過程を観察し,骨内外の水や鉱物の各種化学分析および微生物・大型生物群集解析に基づいて,海洋における巨大有機物の分解プロセス,化学反応,鉱物沈殿を明らかにする.有機物分解は微生物の独壇場だと思いがちであるが,鯨類遺骸にはほとんど無酸素状態でも生育可能な動物が特徴的に生息する.このような微生物-動物共同体による有機物分解が,骨内部で起きている化学反応とともに解明することが本プロジェクトの目標である.
本研究は,生態系を地球科学視点(鉱物学・地球化学・地球生物学の融合)に解析する理学的研究であるが,新規の微生物―動物共同体による有機物処理への応用など,人間社会における有用生物の発見にもつながると期待される.