本研究の目的は,子どもがどのような「強さ」を信頼し,またそうした強さを備えたエージェントに対してどのような振る舞いを期待するのか,一連の実験を通じて実証的に明らかにすることである。特に,これまで研究されてきた「勝者と敗者のどちらを信頼するか」という二項対立的な枠組みから脱却し,「戦わないことの強さ」が子どもたちにどう捉えられているかを検証する。
これまでの研究では,2歳前の乳児ですら二者のエージェント間の力関係を敏感に察知していることが報告されている。こうした「強さ」の知覚は,社会的集団の中で生き抜くために適応的であることから,進化の過程で獲得された生得的な心の傾性ではないかと考えられている。しかし本来,ヒトのような複雑な社会的集団においては,必ずしも「勝ったか負けたか」だけで強者が見出せるわけではないだろう。闘争に勝利することだけが「強さ」ではなく,争わないことが重要視されるような場面もある。同様に,闘争に勝利したエージェントが,あらゆる場面で常に信頼されるわけでもない。先行研究の多くは欧米諸国で行われており,「強さ」への価値づけや評価は文化によって異なる可能性もあるため,日本人を対象としたデータから得られた研究知見を世界に発信することは学術的にも大きな意味を持つ。
先行研究では,子どもに二者の争い場面を見せ,勝者と敗者のどちらを信頼するかが検討されてきた。本研究では,こうした既存の研究パラダイムに内在する限界を超克するため,ある程度複雑な言語的コミュニケーションが可能となる3歳から,他者の心情や知識などを複雑に推測できるようになる8歳までを対象とし,3つの実験を実施する。そして,日本の子どもがどのような「強さ」を信頼するのか,そうした強いエージェントに公平さや優しさを期待するのかを,発達的な観点から調べる。子どもの心についての実証研究を専門とする2名の研究者が協働することにより,日本という文化に社会化されていく中で,そして他者の心についての理解を深めていく中で,子どもたちがどのように「強さ」を捉えていくのかを実証的に解明する。