■ 概要 ■
人間的で健康な社会生活を営むためには、脳神経系が健全であることはとても重要です。従って脳神経系の健全な発達機構およびその異常による疾患病態の解明は、医学における最重要研究課題の1つです。現在、脳神経系の分子遺伝学的研究にはマウスが主に用いられていますが、近年、マウスを用いた脳研究の限界が顕在化してきました。その大きな理由は、研究対象としてのヒトの脳とマウスの脳との間の乖離と言えます。マウスの脳は、ヒトの脳と比較して未発達であり様々な重要な脳構造を持っていません。この問題点を克服するための脳神経科学研究の次の大きなチャレンジとして、マウスとヒトとをつなぐ高等哺乳動物を用いた脳科学研究が注目されています。そこで本研究では、ヒトに近い発達した脳構築を持つフェレットとマウスとを組み合わせた脳科学研究を推進します。実際にこれまでにフェレットに着目した脳研究を独自に進めており、フェレット大脳皮質への遺伝子導入技術およびゲノム編集技術を用いた遺伝子ノックアウト技術の開発を世界に先駆けて実現してきました。今後は、拠点形成に必要な金沢大学の研究力を結集し、さらにマックスプランク研究所ハットナー博士やクラスノヤルスク医科大学ロパティナ博士の全面的な協力のもと、金沢大学に高等哺乳動物を用いた脳神経系の統合的研究拠点を形成します。
■ フェレットの脳科学研究技術の基盤整備 ■
フェレットを用いた研究を推進するための解析基盤整備を行います。これまでにフェレット大脳における遺伝子導入および遺伝子ノックアウト技術を世界に先駆けて確立してきました。続いて、大脳皮質における細胞種特異的な遺伝子操作技術を構築します。さらにCre/loxPやCRISPR/Cas9を用いることによりフェレットにおける時期特異的な遺伝子操作を確立します。またCRISPR/Cas9を用いたフェレット大脳皮質でのゲノム編集技術の確立を進めていることから、次世代シーケンサーを用いた変異同定法を確立します。
■ 脳神経系の恒常性維持機構の研究 ■
ヒトなどの高等哺乳動物の大脳の表面にはシワ(脳回)があり高次脳機能の基盤となっています。しかしマウスの大脳には脳回はなく、マウスを用いた脳回の研究は困難であることから、脳回の発達機構やその異常疾患病態の解明は著しく遅れていました。そこで、確立するフェレット脳神経系での遺伝子発現技術や遺伝子ノックアウト技術を駆使して、脳回形成に関わる分子機構の解明、およびその異常としての多小脳回症(polymicrogyria)や滑脳症(lissencephaly)などの分子病態の解明を行います。また見いだした分子機構をフェレットとマウスとで比較検討することにより、大脳の進化プロセスを解析します。
恒常性の異常疾患病態の研究は、発達期および壮年期の両面から研究を行います。発達期の研究については、自閉症モデルであるCHD8変異マウス、CD38ノックアウトマウスを用いて大脳皮質の異常を解析します。さらに周産期のストレスや感染症が発達障害のリスクを高めるとの報告があることから、周産期異常が脳形成過程に及ぼす影響を検討します。壮年期については、主要な小胞体ストレス応答因子ATF6αのノックアウトマウスを用いて各種疾患モデルを作成し病態を解明します。マウスで得られるこれらの研究成果をフェレットへ反映させることにより、高等哺乳動物における恒常性維持機構や異常疾患病態を効率よく解析します。
■ 本研究の特徴 ■
このようにマウスを用いた恒常性維持機構研究とフェレット脳解析技術という二つの優位性を有機的に融合させ、医学系、保健学系、生命理工学系など従来の組織の枠組みを超えて、拠点形成に必要な金沢大学の研究力を結集することにより、高等哺乳動物を用いた脳恒常性維持機構の統合的な研究拠点形成を行うことが特徴です。さらに形成する研究拠点の長期的発展を目指し、マウスおよびフェレットを用いた独自の研究技術の蓄積、研究力向上に向けた若手育成、国際ネットワークの構築を行います。